
島国である日本はその昔から独特な文化なり、思想がある。それは意味合いは少々違うかも知れないがやはり外界を海で覆われいるがために異種の流入とか、外敵の侵入とかが少なかったために独特な生態系が形成いされたオーストラリヤと通じるものがあると思う。まあ、そんな大げさなものではものではないが、我々アジア系の民族である日本人は西洋人や黒人に比べると血の種類がやはり違うらしく普段からそのユニークな一面を感させられる。
そのひとつがリズム感であり、これは否定のできない周知の事実であることはよく知られている。で、実際どのように違うかは具体的には手拍子で例えれば判りやすいと思う。まず我々日本人は手拍子は曲に合わせ、タン、タン、タン・・・・と手を打つ。つまり1小節の中で一拍目と3拍目に手を打か、またはゆっくりめの曲は1拍目、2拍目、3拍目という具合にアクセントが小節の頭に来る。ところがアメリカやイギリスでのコンサートの様子をビデオを見ていると客はウンタッ、ウンタッ、ウンタッ・・・・と2拍目と4拍目に手を打ちアクセントを1拍後にずらしている。これは日本人もしくはアジア系の民族の最も不得意とするところのリズムのウラを意識してノリを感じている表れである。
では日本人の本来のリズム感はどのようなものかは筆者自身はつい最近まで雅楽のようなゆったりとしたテンポのリズム感の非常に稀有な音楽と考えていたが、あるとき考えが変わった。変わったというより現在のジャパニーズポップスの持つリズムのに近いものを発見したというべきかもしれない。
現在のジャパニーズポップスのリズムの特徴としては、1時期のディスコブーム作られた曲はあまりリズム感のよろしくない日本人でも比較的容易に体を動かしやすくするための工夫がしてあった。それは低音域を受け持つ楽器の音をリズムに合わせて演奏するとリズム感に重要なノリの部分を容易に演出できるのである。具体的なアレンジとしてはドラムアレンジで、スネアドラムを使わずにバスドラムのみの俗に言う4分打ちという手法がもちいられていた。これはバスドラムを楽譜に記符するとすぐわかるが、1小節に4分音符を4っ書くだけで表現できて、小節のアクセントが必ず先頭になる。そこから4分打ちと呼ばれるようになった簡単なアレンジ法である。さらに打ち込みによるリズムマシンの発達によって音色も任意に作るれるようになったことも追い風となった。本来のバスドラムの「ダンッ」という抜けのよい音から「ボムッ」というさらに低音を誇張した音色に加工され使用されたのである。また、オーディオ機器のほうでもそのようなソースに合わせ低音と高音を誇張した音作りが施された。これも俗に言うところの「ドンシャリ」である。
余談ではあるが、派手なブラス系のシンセサイザーのサウンドや前記のドラムはオーディオ機器のみならず、ディスコハウスやコンサートなどの音響設備にも影響を与えこの時期はアメリカのターボサウンド社の設備用のスピーカーは音響業者にとぶように売れた。そして、リズム感のさほどよくない日本人の女の子をお立ち台に上らせて扇子を持って踊らしてしまうほどの威力であった。その手法はジャパニーズポップスでは脈々と受けつがれ現在のGLOVEなどの打ち込み系のバンドあたりまでしっかり多用している。
ところがこのリズムは前記のように日本人の根底にやはりはるか昔から脈々流れるリズムだということを音楽シーンから全然関係のないところからその類似点を見つけてしまった。それはとある親戚の法事に出席していた時のこと、住職さん達が一生懸命奏でる(?)お経である。正確には法要歌と言うらしい。まあお経というと和尚さんが1人で木魚を叩きながら「何無阿弥陀仏・・・・」ととなえるものであるが、それとは違い定番の木魚、鐘、さらには小太鼓を加えた本格的なアンサンブルにのせて説法よみあげていくものである。本来、音楽のリズムとは全く無縁と思い気にもしていなかったが、この法要歌はしっかり木魚で前記の4分打ちを「ポクッ、ポクッ、ポクッ・・・・」と奏でているのである。また、木魚はサイズの大きいものはけっこうな低音が出るので類似していると言うよりまさしくそのものである。
よく言われる慣用句に「お経のような音楽」と例えられる音楽は日本人的な意味合いで言えば抑揚のない音楽ということになるであろうか。が、音楽的には4分の4拍子となりポップミュージックやロック等と同じ種類となってしまう。基本的に違うのはリズムであろうか、お経は無理して区別すれば4ビートということになるが、ポップミュージックやロックは一般的に8ビートである。ところがこの手の音楽にはリズムのアクセントがのりを演出するには重要な要素だ。この点に関しては前記のようにお経もアクセントが拍の頭にくるジャパニーズポップスも同じということになる。基本的にこの種のリズムは日本人の生活習慣に深く浸透したある意味では民族音楽的なものかも知れない。
今日、何百万枚もセールスを記録するジャパニーズポップスは日本人ならではの感性にうまく合致するようにある意味では前記の様にザブミナル効果的な工夫されている。また、ウォークマンやミニコンポなどのパーソナル化によって需要は一気にふくらみ、世界的なマーケットから見てもその数字はまさに驚異的だ。でもそれはミュージシャンの真の実力や意図ではなく、音楽の製作側によって操作されたギミックだと考えるとひどくコマーシャル的な薄っぺらくてつまらないものに見えてしまう。実際、海外でセールスが成功しているのは同じアジア圏のみである。アメリカやイギリスで音楽性で成功した例は未だに耳にしていない。やはりポップスやロックの発祥の国の人間にはジャパニーズポップスではのれないようである。
[1999年10月05日(火)]