
最近、ちまたでは宇多田ヒカルのアルバムが売れに売れまくって社会現象にもなっているとか。売上枚数も天井知らずの500万枚とか、550万枚とか、確かにこの数字は驚愕をおぼえる。単純に計算しても日本の国民20人に1人は持っている計算になる。もっとも私は19人の方に入るが、世界的に画期的なセールスを記録したあのPink FloydのThe Dark Side MoonとかMichael JacksonのThrillerですら1300万枚とか1500万枚のレベルである。これがたかだか人口1憶強の国内のみのセールスの数字がその半分近くを記録したのである。もっとも、その前はBe’sがやはり500万枚overを記録したとの事なので単純にこの国の文化が良くも悪くも単一指向であると云う事の現われかもしれない。
話しは変わって最近買ったCDのなかでCharlotte Churchは久々のクラシック、しかも今まで買った事もなかった声楽のCDである。日本ではやはりちょっとしたブームの様で、最近CDショップに行っても品切れしている店が多い。Yahooでもカディゴリーで検索していくと4件登録されている。まあその内、レコード会社の公式ページが1つあるので3件という事になるが、クラシック系の新人アーティストの中では多い方である。まあ、アイドル的な要素が多分に含まれているという事の現われであろうか。
さて、肝心の曲の方だが、これまた実に選曲がコマーシャルになっておりEnyaあたりよりもよりピュアな女性ボーカル曲として聴く事が出来る。ゆえに本格的な声楽を聴きたいという人にはかなり物足りないと思われる。さすがに発声が発展途上であるのだ。たぶんホールでのソロはまだまだ役不足であろうか、まあ13歳の少女にそれを望むのはさすがに無理無理である。だが逆にその発展途上の発声はNonクラシック系の曲を聞いている人間にはその方が聴きやすいし魅力的でもあるはずだ。だが音程の正確さなどはやはり比類まれなものがあり、ここが天才小女と呼ばれている由来であると思う。普段TVやラジオから否応無しに流れてくるジャパニーズポップスの大多数がフラット気味で日本語であるが為にリズム本来のノリをブチ壊しているボーカルを聴かされている耳には一種の清涼感すら感じる。
以前から天才視された若年アーティストは結構存在したものであるが、その多くはその才能を更に発揮する事が出来ずに、もしくはその時点でループのような物に陥り抜出せずに再び脚光を浴びる事がなくなってしまった者が多い。その分野の天才といえど精神構造はやはり通常の人間と変わらないので、外界から受ける様々な要因に荒波のようにもまれ己惚れ、嫌悪、嫉妬などの自己感情の制御が不能になり一種のレジンマに陥り、本来のアーティストとしての才能を発揮できなくなってしまうのであろう。また若年アーティストはマネージメントなどの社会面や経済面をどうしても他人に頼らざるをえない。が、しかしマネージメントを行う人間はどうしてもアーティストの才能をのばすとか、創作環境の改善よりも利益を追求する事に目がいってしまう。これはしかたがない事ではある。またアーティストが名声や富を得た為に、創作活動があからさまに経済目的になり創作クオリティが低くなってしまった事も少なくはないと思う。
宇多田ヒカルの曲はあまり聞いた訳ではないがドングリの背比べ的な日本のポップス界において、ボーカルのセンスなどは抜きに出た物は持っていると思う。だが16歳ではしかたないと思うが、今の様にあからさまなつまみ食い的な曲作りから前進できれば日本ではビックネームなるかもしれない。またCharlotte Churchもすでに素材としてはダイヤモンドの原石に匹敵するのかも知れない。ただ、ビックネームとして活躍するアーティストは何かしらの欠点がありそれを常人では考えられない程の努力でそれを克服した精神力の持ち主でもある。果たしてこの2人は内面にこの様な力を秘めているであろうか。
[1999年06月11日(金)]