今をときめくあの人がいた・・・・ Depeche Modeの軌跡1

最近ほとんどCDを買う事がなくなってしまった。というのも去年の暮れにUSBのインターフェースを持つYAMAHA製のサウンドユニット(ADAコンバータ)とスタインバーグ社製のオーディオCDのライティングソフトを購入し、アナログ盤はもちろんのことやカセットテープにその昔録音したNHK-FMで放送されていた渋谷氏の「ヤングジョッキー」やアルバムを1枚丸々かけるだけの「サウンドオブポップス」などをデジタル録音してCDに焼いている。ソフトの方でエフェクトはかけられるが、レコーディング機材はしっかり持っているのでアナログ音声のうちにノイズ取やイコライライジングは行っている。レコーディングというよりダビングに近いが、インデックスやタイトルも付けられるので気分はレコーディングだ。
さて、こんな事もあり久々にデジタル録音するために久々に聴くアルバムばかりでほとんど自分の中では温故知新シリーズと化している。で今回はDepeche Mode 。久々に1枚目から5枚目まで録音するために聴いたのだけど、彼らほどアルバムを出すたびにその音楽性が確実に向上していったバンドも珍しい。2枚目から3枚目位までは音楽性が向上するバンドはたまに見ることはできるがその後、音楽性が煮詰まったりメンバーの脱退や解散なのでバンド活動がうまくいかなくなってしう場合がほとんどだ。まあ彼らも結果的には音楽シーンの変化により自分達の音楽スタイルを変化せざるをえなくなり活動が行き詰まってしまったが、これはエレクトリックポップという音楽スタイルをスタート時にとっていたのでこのような時期がいずれは訪れる宿命にあったとも言える。この話はまた次回以降にでもして今回はファーストアルバムに焦点を絞って話をすすめたい。
彼らがファーストアルバムである「Speak & Spell」を出したのは今だにパンクの勢力が収まらない81年の事。が、イギリスではSexPistolsはとうになくなっていてジョンライドンはPILで精力的に活動をしていて、新興勢力のニューウェーブの波も広がりを見せつつあった。そんな時、電子楽器などのハードウェアに目を向けてみると80年代になってからはZ80などの8bitマイクロプロセッサの登場によりシンセサイザーはポリフォニック、音色メモリを備えた第3世代となりプロフェット5、オーバーンハイムという時代の名機が登場して、実験機器に近かったMoogVからは比べようもない位に操作性とチューニングの安定性と精度が向上して、楽器としてエレクトロニクスの知識のないミュージシャンでも気軽に扱えるようになった。
また、この時期のもっとも大きな出来事は音響機器への応用が積極的に行われていたPCM技術が電子楽器にも波及してきたことである。最たるものはフェアライト社によるCMIだが、これはさまざまなサブシステムまで含んだその名のとおり総合的なコンピュータによる「インストルメント」であった。
この時期さらに新しいインストルメントが登場する。フェアライトCMIのサブシステムの1部を取出して製品にしたに過ぎないと当初は思われていたリズムマシーンである。これまでもリズムボックスと呼ばれる電子オルガンのソロ演奏のリズム伴奏用の設備は存在していたが、リズムのパターンは予めプリセットされており「サンバ」とか「ボサノバ」などのように演奏者が選んで伴奏に使っていたのに過ぎなかった。
最初に登場したLinn ElectronicsのLM-1はPCM音源による自由にチューニングが可能なドラムとシンバルなどの音源とリアルタイムに「打込み」を行ったパターンを組合わせて自動演奏するシーケンサを搭載していた。LM-1の登場は大きなエポックメーキングともなり個性のないドラマーは不要論までとびだし、危機感をもったドラマーもこの時期多かったと思う。
ドラムマシンは内蔵されている音源より各社特永がりそれがステータスにもなった。特にLIMDAUMの場合は抜けのよいリムショットが印象的で代表的なところではCoctetu Twinsがこの音ばかりを極端に単純なリズムと組み合わせてこれでもかとばかりに使用していた。リズムが単純なだけにその音色は非常に印象てきであった。PCM音源ではないがROLANDのTR-808はリズムボックスのようなチープな音色で後にハウス系の連中に支持されこのカテゴリを形成するサウンドの要素ともなった。
さて、Depeche Modeのファーストの「Speak & Spell」ではいきなりシングルカットされた「New Life」で始まるが、ROLANDのTR-909とやはりROLANDのJUPITER-8のほとんどエフェクトのかかっていないストリングス系のリフレインとプロフェットのレゾナンスのしっかり効いたクラビ系のシンセベースで始まる。このアレンジはこの後、グループ(あえてバンドではなくグループとする)を去るビンセントクラークのアレンジによるものだ。この時代を象徴とする音でパンクの反動のであろうか実に軽くてPOPなサウンドだ。アルバムを全曲通して聴くのははっきり言ってちょっとつらい。アレンジもシンプルと言うよりも未完成、まあ平たく言えば未熟さがかなり残る音である。エフェクトなどの処理も荒っぽくてエンジニアの「こいつ等にはこの程度で十分だ」というような感じがありありと伝わってきてしまう。当時はどちらかと言うとグループを離れアリソン・モイエと組んだYAZOOの方が世間をあっと言わせ、「ビンセント・クラークがいたグループ」という代名詞が貼られてしまっていた。

[2002年07月25日(木)]